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コロナで見た、優れた政治のリーダーシップとは?西オーストラリア州の場合

英語と文化

今年に入って世界に広がった新型コロナウイルスのパンデミック。今も収束とは程遠い状況にあります。

世界同時に発生したこの危機に対して、対策や方針には国ごとに違いがあり、ある意味それぞれの国の国民性や政治のリーダーシップのあり方を垣間見る機会にもなっています。このパンデミックを通して、たとえばニュージーランドや台湾は、迅速で徹底的なコロナ対策を行い、感染者数を抑えてきたことで、世界的に評価されています。その一因として、ニュージーランドではジャシンダ・アーダーン(Jacinda Ardern)首相や、台湾の蔡英文総統の優れたリーダーシップによることは、多くの人が認めるところでしょう。

私の住んでいる西オーストラリア州(以下、WA)では、2月に入って海外帰国者からコロナ陽性者が出始め、その後、医療関係者などで地域内での感染も確認されるようになりましたが、3~4月にかけての国境・州境閉鎖と、イベントや集会の禁止、飲食店の閉鎖、学校の一部閉鎖、移動制限、外出制限などを行ったことにより、新規感染者が出なくなってきました(その時のようすはこちらの記事)。

その後、段階的に制限を解除し、学校や飲食店なども、少しずつ人数を増やしながら再開。今はだいぶ通常の生活に戻っているパースですが、現在も新規感染者数は少なくなっています。特筆すべきは、地域内での感染が出ていないこと。現在、オーストラリア国内では、メルボルンのあるヴィクトリア州を筆頭に感染が広がっていますが、WA州では感染経路が不明な「地域内感染(community transmission)」は、4月11日を最後に100日以上出ていません。(参考

 

私の周りの親仲間、友人、知り合いも、みな同様に、オーストラリア東側の状況を心配しつつ、「WAはよくやっている」と言います。そして実際に、今回のパンデミックを通して、WA州知事、マーク・マッガーワン(Mark McGowan)氏の人気が、地元で爆上がりなのです。WA住民の間で、彼の評価は今、とても高くなっています。

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Mark McGowan (from wikipedia)

私自身は、パースに住む日本人として、今回のパンデミックに対するオーストラリア連邦政府や、WA州政府の動きを、興味深く見ていますが、その私から見ても、マッガーワン氏は優れたリーダーシップを発揮している、と思いました。どのリーダーにとっても、コロナ対策は困難で重荷だと思いますが、彼はWA住民を納得させ、うまく対応していると思います。

というわけで、WA州知事マーク・マッガーワン氏のコロナ対応を見た中で、私がどんなところに「リーダーシップ」を感じたか?を書きたいと思います。

 

的を得た対策を、すばやく、確実に。

まずコロナについては、今現在、現実的に地域内での感染を抑えている、という点で、WA政府の取っている対策は的を得ている、といえるでしょう。

海外からの入国制限に加え、WA州が独自で取っている対策として、「州境閉鎖(hard border)」を行っており、州外(オーストラリア国内の他州)の人の立ち入りを禁止しています。他州でも、同様の措置を取っている(いた)州はありますが、「14日の自己隔離」を条件に入州を認めるケースが多いのに対し、WA州は完全なる「入州禁止」としました。(といっても、物流や医療従事者など、事前に申請して認められれば入州可能)

現在、ヴィクトリア州から発生したコロナの感染が、少なからずNSW州やクイーンズランド州へも飛び火している中で、WA住民はこの「州境閉鎖」により守られている感は強いです。

また、WA州内(といっても、日本より広い!)をいくつかのリージョンにわけ、リージョンを出る移動も禁止になりました。この措置は、3月後半から6月まで、2ヶ月半ほど続きました。これは、医療リソースの少ない地方を感染から守るためで、主に都市部から遠隔地への人の流れを制限するためでした。

 

また、外部からのウイルス持ち込みを厳しく管理するだけではなく、地域内での「感染を発見する対策」も、力を入れていきました。3月上旬の段階で、地域の人が直接アクセスできる「COVID-19外来」を開設し、数も徐々に増やしていきました。気になる症状がある人は誰でも診察を受けられ、現在も毎日600人前後が訪れています。(その他、州内では計3000件ほどの検査が日々行われています)

ところで、3~4月の規制によって、一旦感染者数が減ったのち、どんな手順で、どの程度、制限を解除するか、というのは、WAにとっても難しい問題でした。その頃、コロナでは無症状の感染者が感染を広げるケースがある、と世界中で認知されるようになってきたため、「制限を緩めて人との接触が増えたら、また無症状者により感染が再燃するのでは」、という懸念は、多くの人が持っていたと思います。

そのためWA政府は、制限を部分的に緩めて1か月ほどたった6月始めの時点で、『DETECT project』を実施しました。これは、医療従事者、警察、販売員、物流、教員など、不特定多数の人と接触する機会が多い職業を対象に、無症状の人(希望者)にPCR検査を実施したものです。合計18,409名が検査を受け、陽性は0でした。この結果を受けて、WA政府はさらなる規制解除を行っていきました。

また、地域内感染のひとつとして、「学校でのクラスター」が現在問題になっていますが、WAでは『DETECT project』の一環で、広範囲の公立学校で無症状の生徒や先生にコロナの検査を行っています。学校での感染を研究するために行われ、8月頭に行われた調査では、4700人を検査し、陽性は0でした。(この調査は現在進行形です)

海外からの帰国者や、他州からの訪問者を厳しくコントロールしつつ、州内ではこのような検査・調査を実施。地域での感染がないことを示しながら、徐々に州内での規制を解除していき、人々の活動を取り戻していきました。現状の調査を行い、判断材料とし、それを意思決定に反映させる、というやり方は、説得力がありました。

 

迅速な交渉・調整で危機を防いだ

コロナの感染拡大の要因として、「クルーズ船」は世界各地で大きな問題となりました。日本では、ダイアモンド・プリンセス号がたくさんの感染者・犠牲者を出し、世界でニュースとなりました。オーストラリアでも、3月後半にシドニーに到着したルビー・プリンセス号から2700名が下船、後ほど、そのうち130名以上がコロナ陽性と判明しました。この件は、市中感染、ひいてはオーストラリアの各地域へ感染を広げてしまい、国内で大きな問題となりました。

WAでも、クルーズ船はたびたび困難を引き起こしました。

3月25日には、フリーマントル港沖に停泊していたドイツ籍のクルーズ船 アルタニア(Artania)号が、「呼吸器系の症状を訴えている乗客がいる」と、WA政府に緊急手当てを求めました。WA政府の医師が船へ乗り込み診察したところ、およそ800名の乗客と500名の乗員(オーストラリア人は0)のうち、7名がコロナ陽性であると判明しました。マッガーワン知事は、たいへん危機感を募らせ、「シドニーのルビー・プリンセス号と同じことをWAで起こしてはならない」と語り、その日のうちに国や海軍にサポートを求めたことを記者会見で明かしました。

容体の悪い乗客はパースの病院に搬送されましたが、症状が軽い陽性者については、WA政府は当初、パースの病院で患者を受け入れることを拒否していました。が、「人道的観点から、国籍に関係なく患者を助けなければならない」という議論もあり、その後陽性者は全員、パースの医療施設へ搬送されました。濃厚接触者と思われる陽性者の家族等は、パースのホテルで隔離。他の健康な乗客は、クルーズ会社が手配したチャーター機でドイツへ帰国させました。WA政府は、オーストラリア政府、海軍、ドイツ政府、パースの病院など、広範囲の交渉を行い、およそ4日間でこれらを手配、実施しました。乗員乗客の病院や空港への搬送は、専用のバスで、警察の警備の下で行いました。

その後も、船はフリーマントル沖で待機を続け、3週間以上の「検疫」の後、残った乗組員の健康が確かめられた段階で、船はヨーロッパへと旅立ちました。アルタニア号では、最終的に81人が陽性になり、残念なことに4人が亡くなってしまいました。が、WA内の一般市民へ感染が広がることはありませんでした。

 

他にも、コロナが疑われる乗員乗客を乗せたクルーズ船や貨物船が、フリーマントルを訪れたことが度々ありました。そのたびにマッガーワン知事は「悩みのタネだ」と率直に嘆いていました(笑)が、抜きんでた調整能力を発揮し、地域へのウイルス持ち込みを防ぎながら、政府として対応していたと思います。

ちなみに、マッガーワン氏は海軍の法律家として働いた経験があり、海の法に通じていたことも、今回のクルーズ船対応に一躍買ったといわれています。

 

専門家のアドバイスを受け止め、柔軟に方針転換

WA独自のコロナ対策として、「州境閉鎖」について、先に少し触れました。実はこれが実施されるまでにも、ドラマがありました。

 

3月中旬、オーストラリア国内での感染例が増えてきていることから、WAの医療界のリーダー達が、「WAの州境を閉鎖すべきだ」と州政府に訴えていました。その当時、WAは東側の州に比べると感染の増加が著しくはなかったため、今のうちに対策を取ってそちらからのウイルスの持ち込みを防ぎ、WAの医療リソースを守るべきだ、とのアドバイスでした。

それに対し、マッガーワン知事は「そんなことをしたら、住民にパニックを引き起こす。」と完全否定。

……したのですが、それから2週間後には、当初の発言から180度の方針転換。州境(border)を閉鎖する、と発表しました。他州からの訪問者は、物流、一部の仕事関係者、医療・看護などの特別な理由がない限り、WAへ入ることが禁止となりました。

その時、マッガーワン氏本人のSNSアカウントで、その理由を述べています。

※筆者による意訳

「WAのコロナ新規感染件数は励まされるものだ(=少なく抑えられている)。これまでの対策の効果が出始めていることを示している。しかしながら、ここで手を緩める余裕は我々にはない。」

「……西オーストラリア州はユニークな場所にある。地理的に隔絶されていることは、我々の一番の防御だ。それを利用しなくては。……世界中で、そしてオーストラリア国内で感染が広がる中、私達の州を守るために、さらなる対策を進める必要がある。医学的なアドバイスに基づき、我々は『州境閉鎖』を行う。」

「……早くこの危機を乗り越えれば、それだけ早く元の生活に戻れる。いわば、この決断は、西オーストラリアを我々独自の島 - 国にする、ということだ。」

「……我々は特別な時を生きている。それは誰もが、決してこれまで経験したことのないような何かだ。だが、私はWAの(住民の)反応を誇りに思う。広いWAコミュニティが、真の『西オーストラリア人スピリット』をもって応えてくれた。誰もが知っているように、私たちは共にある。それゆえ、私達はこの危機を乗り越えられる。」

「もし2,3ヶ月前に『WAの州境を閉鎖するか?』と聞かれたら、私は笑っただろう。だが不運にも、これは笑うようなことではない。これは真剣なことだ。私たちは真剣だ。」

 

マッガーワン氏は、記者会見でも、「WAを “an island within an island”(島の中の島)にする」という言葉で、州境閉鎖を表現しました。

このドラマティックな方針転換は、多くのWA住民と、さらにオーストラリア国内を驚かせました。WAには、東から物流も入ってきているし、他州からの旅行者がツーリズムに貢献している面もあり、WAの経済に大きな打撃になる、と懸念の声もありました。また、家族や親せきが他州にいる人にとっては、厳しい決断にもなりました。しかしながら、WA住民の大多数は、この「州境閉鎖」の決定を好意的に受け取ったようです。

この思い切った「州境閉鎖」と、並行してさまざまな厳しい制限が1か月以上続きましたが、それによってコロナの感染者数は減っていきました。

SNSでは、マッガーワン氏の人気は急上昇し、フォロワーの数は昨年の10倍に、投稿につくLIKEも急増したそうです。そして、5月の複数の調査では、マッガーワン政府のコロナ対策を、WA住民の90%以上が支持していることがわかりました。

政治家は、誰でも市民のパニックを恐れ、穏便に物事を収めたい、という気持ちがあるのは理解できます。マッガーワン知事も、一度はそのような姿勢を見せましたが、日々刻々と変わるコロナの状況を見て、専門家の意見に耳を傾け、過去の自分の判断にとらわれず、しかも立場的に難しい決断をしました。その根底には、「WA住民を守る」という大原則がありそのために最善の選択をしようとしている。住民はその姿を見て、マッガーワン知事への信頼を深めたのだろう、と感じました。

自己保身より、問題解決に集中する姿勢

毎日の記者会見では、時に、敵対する相手に対して強い口調で批判もするマッガーワン氏ですが、問題解決に向けて協力し合うべき相手とは、たとえ立場が違ってもうまくやっていく姿勢を見せました。

 

5月終わりに、パースのフリーマントル港に中東からの貨物船が到着しましたが、乗組員の数名が発熱していました。オーストラリア連邦政府の農業省(federal Department of Agriculture)は、その報告を船から受けながら、WA政府への相談なしに、船に入港を許可したのです。WA政府がその事態を知ったのは、およそ2日後。船にスタッフを派遣し調べたところ、その時点で乗組員48名のうち6名のコロナ陽性が確認されました。

幸いなことに、乗組員は全員船に留まっており、下船した人はいませんでしたが、一歩間違えばWA州内へ感染を持ち込むところだったわけです。マッガーワン知事は、記者会見で農業省の対応を厳しく批判しました。ところが農業省は、WAに事前通告した、と主張。その後、農業省からこの船に関して、WA州の保健省に送ったとするEメールが、公になりました。そこには、「発熱したクルーが数名いる」ことが確かに報告されていたのですが、「コロナの心配はない」とも書かれていました。結果、WA保健省内では、それが緊急事態であると認識されず、上に報告が上がらなかったようです。

農業省の大臣は、「こちらはやるべきことを全部正しくやった」として、WA側のミスを主張したのに対し、マッガーワン氏は相手方の非を追及することをきっぱりとやめ、「今回の事態によって、解決すべき問題点があることがわかった。(このような緊急事態では)Eメールだけでなく、国ともっと総合的なコミュニケーションをとる必要がある。」と、今回の件で明らかになった『改善すべき問題点』を語りました。また、それを解決すべく、農業大臣とすでに連絡を取り合った、と語りました。身内で責任転嫁をしあう状況に陥ることを即座に避け、必要な問題解決に向けて動き始めていることを強調したんですね。

 

もう一つ、先に書いたWAの「州境閉鎖」ですが、これがオーストラリア政府とWA州政府の間で、ちょっとした摩擦の種になっています。

オーストラリア政府の方針としては、経済活性化のため、一律に州境閉鎖はすべきでない、というもので、首相のスコット・モリスン氏は、WAの州境閉鎖を解除するよう、たびたび言及しています。ですが、マッガーワン知事は、方針を変えていません。あくまで、国内で地域感染がなくなり、WAの安全に確信が持てた時に、州境閉鎖をやめる、と述べています。

WAの「州境閉鎖」で今注目を集めているのは、クイーンズランド州の企業家クライブ・パルマ―(Clive Palmer)氏が起こした『裁判』です。パルマ―氏は、州境閉鎖によって、WA州への立ち入りを拒否されたことを不服に思い、「国内の移動の自由を保障しているオーストラリア憲法に違反している」として、WAを相手に裁判を起こしています。その裁判へ、オーストラリア政府が関与することが明らかになり(※筆者注:おそらく証言とか証拠提出などをするのだと思いますが、くわしいことはわかりません……)、モリスン首相は「パルマ―氏が勝つだろう」と言いました。オーストラリア政府が実質的にパルマ―氏の支持に回る形になり、WAにとって非常に不利な状態になったといえます。

マッガーワン知事はこの裁判について、「我々は州境閉鎖によって、WAの人々の健康と経済を守ろうとしているのだ」と語り、パルマ―氏のことは、「WAの敵」「自分勝手で無責任」「自分の利益のためにWAの人々を危険に晒そうとしている」「国内最大級の自己中心的な人間(nation’s greatest egomaniac)」と痛烈に批判しています。しかしながら、モリスン首相に対しては、「政府の関与をやめてほしい」と要望を語るにとどめ、批判めいた言葉は固く避けています。(※筆者注:その後モリスン首相は、政府がこの裁判へ関わるのをやめる、と発表)

現在、オーストラリアの政権与党(モリスン首相含め、連邦政府側)は、Liberals、一方マッガーワン知事率いるWA政府は、野党第一党のLabour党。ともすれば、両者が正当性を主張して選挙の票争いにもつながりそうな流れですが、マッガーワン氏は記者会見で、度々「連邦政府はともに協力し合う相手」「首相と相談しながらやっている」と、政党関係なく、力を合わせてパンデミックに立ち向かっていることを強調しています。

マッガーワン知事はコロナ対応に関しては、党の票争いとからめることを極力避けているように見えます。今この大きな困難の中で、「コロナから人々を守ること」を第一目標として設定し、それを実現するためには、敵対関係にある党の人とも協力し合う、という姿勢が、言動の端々に見られます。それが、政治ゲームに飽き飽きしているWA州住民の信頼を得たのだろう、と思いました。

7月のBusselton Jetty。冬休み中、WA州内各地から人が遊びに来ていた。

 

まとめ

今回のコロナのパンデミックの中で、マッガーワン氏は、オーストラリア国内で最も支持されている政治リーダーの一人と言われています。マッガーワン氏の人気の理由として、(あくまで今までのところ、ですが)WA内では長期間、地域内感染を出しておらず、人々の生活がだいぶ戻ってきていることから、州のリーダーとして実質的な成果を出していることが、まず何よりあると思います。それに貢献しているのが、これまでに紹介したマッガーワン氏のリーダーシップによることは、間違いないでしょう。

また、毎日の記者会見では、歯切れよくきっぱりとした言葉で述べ、不当だと思うことについては辛辣な批判の言葉も口にする一方、「州境閉鎖したら、今年はイースターバニーは来れないの?」と心配する子ども達のために、イースターバニーへ入州の特別許可証を署名するパフォーマンスを行うなど、人間味を感じさせる面もたびたび見せました。この緊急時に、シリアスで強くありながら、時おり人間性を垣間見せる、その緩急のつけ方も人気の一因だろうな、と感じます。

このような危機にあって、政治リーダーの手腕というのが、私達一般市民の生活や、運命を、決める可能性がある、ということを、今回ひしひしと感じました。WA住民は、有能なリーダーを選んで、幸運だったと思います。これを見ると、やはり選挙は大切だな、と思いました。

どこにでも「完璧」というものはないので、パースもまたいつ感染が戻ってくるか、油断はできません。世界中で、一日も早く、パンデミックが収束する日が来ることを願っています。

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