元は英語だけど、なんとなく日本語としても使われている「カタカナ語」って、色々ありますよね。
「アジェンダを作成する」「エビデンスがない」「コンセンサスを得ておくべき」「どれだけコミットしたか」……。
それぞれ、もちろん日本語の単語に置き換えて表現すればよいのですが、なんとなく日本語の単語では印象が変わってしまう、というような時、英語をそのまま使ったりすることもあるのかな、と思います。
そのような「カタカナ英語」の一つに、「リスペクト」と言う言葉があります。
たとえば、日本人のミュージシャンやスポーツ選手、アーティストやクリエイターの人などが、先輩格の有名人について、「●●さんをリスペクトしています」とか「今度の曲は●●に対するリスペクトを表しています」とか言うのを、聞いたことがあるかと思います。
これ、どういう意味なんでしょうか?
もちろん、英語に respect という単語があり、日本語の「リスペクト」はそこから来ているのでしょう。
実は、英語ネイティブ環境では、respect という言葉はとても頻繁に使われる、一般的な語彙です。
私自身も、オーストラリアで暮らす中で、新聞やコラムなどの文章表現から、先生や親子の会話、子どものテレビ番組まで、さまざまな場面で respect という言葉に出会います。
ただ、英語の respect と日本人が使う「リスペクト」って、ちょっと意味が違うと思いますね。
そして、これはあくまで私の感想ですが、respect という言葉は、英語圏のある特有の価値観を表しているように感じます。
respect の意味と使われ方を深く理解することは、英語圏の文化や価値観を理解することにつながる、と私自身は思いました。
というわけで、今回は
「日本語の『リスペクト』と英語の respect の違い」
「英語の respect はどんな意味で、どんなふうに使われるのか?」
を書こうと思います!
日本語で「リスペクト」の使い方は?
ところで、respect という単語は、日本語に訳すとどういう意味でしょうか?
たとえば、私の持っている電子辞書の英和辞典で調べてみると、
respect:
[名]
- […に対する]尊敬、敬意
- […に対する]尊重、重視; […への]顧慮、配慮、注意、関心
[他動詞]
- (人が)(人)を、尊敬する、敬う
- (人が)(物事)を尊重する、重んずる
と意味が書いてあります。(一部抜粋。正確な用法や例文については、お持ちの辞書やオンライン辞書で調べてみてください。)
およそ respect という英単語の意味を覚える場合、多くの人はこのように、「尊敬する」「尊重する」といった日本語で置き換えているのではないでしょうか?
それは確かに、一般的に正しいので、まずはこれで覚えておくというのはよいでしょう。
日本語でも、今風の表現で「~をマジリスペクト☆」とか言うようですが、基本的にはその人のことを「あの人超スゲー!マジ尊敬☆」的な感覚を表した表現だと思われます。
たとえば、自分より、あるいは一般より、優れた能力や業績を持つ人、何か素晴らしいことを成し遂げた人……など。その人のスゴさ・偉大さを認める気持ちを、「尊敬」=「リスペクト!」という言葉で表すと思います。
英語の respect の意味とは?
ところで、英語の respect を、英語ネイティブの人はどうとらえているのでしょうか?
たとえば、Cambridge Dictionary の respect の説明を訳してみると(注:筆者による意訳)
- 人や物に対して、「すばらしいアイデアやクオリティだ」という感嘆・賞賛・ほめたたえる気持ちを表すこと。
- 人や物に対して、重んじる気持ちを持ち、礼儀正しさや敬意を示すこと。
- 物に対して、それが正しく重要であると認め、あるがままを保ち、無理矢理変えようとしないこと。
- 自分とは異なる習慣や文化を受け入れ、攻撃的な行為をしないこと。
詳しくは引用元をご覧ください。
辞書により、書き方はまちまちだと思いますが、大きく言えるのは、「その対象の存在を重視し、大切にし、注意を払う」ということです。
英語文化と respect
respect というのは、現代の英語圏においては、とても重視されている価値観の一つといえます。
我が家の子ども達はオーストラリアのローカルスクールに通って5年になりますが、親として学校教育に触れてわかったことは、respect という価値観が教育の場でとても重視されている、ということです。
実際に、幼稚園で集団生活が始まってからすぐに、子ども達は respect という言葉を教えられます。
“Respect other students.”
“Respect your friends.”
“Respect teachers.”
“Respect someone’s stuff.”
“Respect your school.”
“Respect your community.”
“Respect yourself.
つまり、「自分の周りの人・物すべて(そして自分自身も含めて)をリスペクトしましょう」と教えられます。
対象となる人や物が「重要である」と認識し、その価値を認めることを、子ども達は学びます。そして、それを「行動で示す (show your respect)」ように教えられます。
「行動」とは、対象が人ならば、「相手を傷つけたりおとしめるようなことを言わない」とか、「礼儀正しく接する」など。物に対しては「大切に扱う」などです。
その結果として、
「先生の話を静かにきちんと聞く。」
「友達をいじめたり、暴力や乱暴な言葉を使わない。」
「学校のルールを守る。」
「公共のものは大切に使う。」
といった行動につながります。
対人関係において、私がこちらの文化に触れて理解したことは、こちらでは、個人と個人の境界がとてもハッキリしている、ということです。
たとえば、どんな人でも、その人自身の考え方、価値観、信条、好み、習慣やライフスタイル、宗教などを持っており、それはその人自身が決めることです。どんな人でも、その人自身に関する「個人の領域」があります。貧富の差や、社会的地位、年齢、経歴、出身、性別……などに関わらず、誰もが、その領域を持っています。それは、他人と比べて「どちらが優れている」「どちらがより好ましい」と言うものではないし、「(劣っている人だから、くだらない人だから)その領域を壊されてよい」人がいるわけでもありません。
人に対する時、相手のその「領域」を認め、重視すること。それを傷つけたり侵したりしないよう配慮しながら接すること。
これが、respect の本質だと言えます。
たとえ、意見や考え方や好み……自分の持つ「領域」と違っていても、相手は相手の「領域」を持っていると認めること。
そして、それをけなしたり、おとしめたりせず、価値あるものとして一目置き、認めること。
これが大きなポイントです。
そのつながりで、特に移民が多いパースでは、「違う国の文化や言語を respect しましょう」といったこともよく言われます。
また、respect という発想は、「人権」の考え方にもつながるのではないか、と私は感じます。
日本語の「尊敬する」はどう使う?
対して、日本語で言う「リスペクト=尊敬する」とは、どういう意味かを考えてみますと……。
私達が誰かに対し「尊敬する」と言った時、おそらく多くの場合、その人が「素晴らしい人」「優れた人」「すごい事を成し遂げた人」「自分・一般の人にはできない事ができる人」だから……、ではないでしょうか?
尊敬という言葉は、その対象が何かしら、自分やあるいは世間一般よりも「優れている」ことを、暗に感じさせます。
自分にはない・一般人にはない「スゴイ部分を持っている」ことを称えたい時、「尊敬する」という言葉が使われます。
なので私自身は、「尊敬する」と respect は、感覚的にちょっと違うかな、と感じています。
respect は、相手がスゴイとかスゴくない、とは別次元のものです。
respect は、その人が「優れているから」ではなく、その人そのものが持つ個人としての「領域」……自由や尊厳に対する敬意のようなものだからです。
だから、英語では、政府・地域・団体・学校などが、
“We respect children and young people.”
“We respect our students.”
などと言うこともあります。これはつまり、「子どもや学生を個人として認め、本人の考え方や意見をけなしたり見下したりせず、また別の考えを押し付けたりせず、大切に対応する」といったことを表しています。
しかし日本語では、「(大人が)子どもや生徒を尊敬する」と表現することはほとんどないと思います。
この意味では、どちらかというと「尊重する」という言葉の方が、英語の respect により近いかもしれません。
しかし、尊重という言葉は、日常的にはやや馴染みがない表現ですよね。
(それに対し、英語において respect は日常的に使われます)
また、尊重するとはどういうことか?何となくボンヤリしているように思います。
たとえば「子どもの意志を尊重する」のように言った場合、「子どもの言ったことは何でも受け入れること、好きにさせること」のように解釈する人も多いです。(そのため、「子どもを尊重しすぎるとわがままに育つのでは?」と言われることもありますね)
しかし、“respect children’s opinion/feelings” と言った場合は、「子ども自身がそのような意見や感情を持っていると認めること」と言えます。まず、子ども自身が持つ「領域」を認め、それを大切なものととらえているよ、と示すこと。それが、respect です。
一方で、「こちらも違う考えを持っていること」「違う考えを持っている人もいること」もまた、respect されなければなりません。また例えば親は、子どもの安全や健康を守る第一責任者として、大きな役割を果たしています。子どもは子どもながらに、その存在の価値と重みを理解し、親の決定や意見を respect しなければなりません。
このように、respect されることと、他者を respect することは、相反するものではなく、同じ意味を持ちます。子ども達は、自分自身が「個人として重要である」ことを知ると同時に、等しく他の人も「重要な個人である」ことを理解します。この考えが、社会の基本を構築しています。だから子どもを respect することは教育の中で重視されているし、それを教えていくことが大人の仕事なのです。子どもを respect することは、子どもの好き放題にさせることではないのです。
そうして個人が個人としての自由や尊厳を保持しながら、他人と関わり合っていくために、コミュニケーションや議論を通じて共存できるポジションを探っていく……それが英語文化における「人間関係の基本」ではないか、と、私はオーストラリアの社会を通じて理解するようになりました。
まとめ
すごい人、尊敬する人を指して、「リスペクトする」という言葉が日本語では使われますが、もちろん英語の respect もそういうふうに使われることもあります。根本の意味として、「その人・物の価値を認め、重要視すること」と言った意味があるので、「素晴らしい実績や優れた性質に対し」リスペクトすることも、その一部として含まれると考えることができます。
ただ、respect は、基本的には「上下関係」とか「~より優れている・いない」に関わらない表現であることは、知っておくとよいのではないでしょうか。
日本では、このように、「誰もが持つ個人としての絶対的な価値」という感覚が、欧米文化に比べると欠けているように思います。
常に、他者と比べることで、人としての価値が与えられる……。
人より優れているかいないか、とか、仲間と同じ考えかどうか、といったところが、アイデンティティや自己評価の主な基準になっていると思います。
でも、英語文化では、たとえ未熟な「子ども」でも、誰とも違う「個」を持った存在として、respect されるべき対象と考えられています。
海外の人と接する時、respect という考え方を理解しておくことは、大切だと思います。